2011年06月15日

緑雉

人と接するのがつらい―人間関係の自我心理学 (文春新書 (074)) [新書] / 根本 橘夫...

豚の角煮と竹の子ご飯を食べながらこの本を読んでいた。
世間のどの人も自分が他の人々と違う事を意識しているらしい。
「自分だけが他の人々と違う」と過剰に思い込んでいる人々が
色んな不具合を起こしているらしい。
なんかこう性的な事も他の人々と情報を共有できなかったら
「自分だけ変なんじゃないか」って思うらしい。皆変なのに。
でも新都社の人々の話を聞いてると、皆凄いですよね。

学校で飲む分の漢方が欲しいので小分けして持って行く事にした。
もう何かを恐れて二の足を踏んでいる場合じゃないっすよ。
少しは本が読める。それだけの事実で少し救われる。

山の深くに入っていく道を進もうとしたがやっぱり怖くて途中で引き返した。
皆は車を持っているからあの道を通れる。
何が出てきてもおかしくない感じ。実際に出てくるのだと話に聞いた。
田舎の出身なのに肝の小さい事である。
いや、逆に言うと危機管理能力がきちんとしてるのか。
いや、実際は肝が小さいのであろう。何か外界から獲得して
きている感覚に乏しいからな。

悠長な事は言っていられないかもしれないけど、
ちょっとずつでも実働時間を増やしたい。
なんだ。働く事が何よりの薬だって言うらしいじゃないですか。
あんまり神経使うなって漢方屋のおじさんに言われてるけども。

ラジオって面白いのかなぁ。ラジオとか良いなぁ。何となく。
英語喋れないからなぁ。DQNっぽい人でも外人とペラペラ喋ってるから、
緑鳥さんもNHKの英語講座なるものを聴いてみたりとか。

チェレンの持ちポケモンが鳩から雉になるのって
つまり自分のアイデンティティーを確立したみたいなそんな意味合いがあるのかな。
ああ、そう。駄目なモノは駄目と退け、気高くあろうとする姿勢から
生じる俺達の俺達らしさであるな。

ディエンビエンフーでヤスクニさんがヒカルを見て
「つまりお前が今の日本か」って言ってるのもつまり
ケンホロウがマメパトを見ているような気持ちなのかな。

つまり我々は本来、鳩ではなく雉なんじゃないだろうか。
僕に今必要なのは雉であろうとする心なんじゃないだろうか。

色んな大人の意見を聞いてみたいな。本が読めたらソレでも良かったんだけど。

てか色んな大人の人の言葉を聞いてきたけど
100%真っ正面から受け止めてこなかった。
人と関わる絶対量も足りないけど素直さも足りない。
俺ってば全然良い奴じゃないや。






終わり。
posted by 緑鳥 at 14:26| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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