2010年02月19日

毎日毎日僕らは鉄板の


トーマの心臓 Lost heart for Thoma (ダヴィンチブックス)

トーマの心臓 Lost heart for Thoma (ダヴィンチブックス)

  • 作者: 森博嗣/萩尾望都(原作)
  • 出版社/メーカー: メディアファクトリー
  • 発売日: 2009/07/29
  • メディア: 単行本



おはろー。
はろろ〜ん。
こにゃにゃちは。
不死鳥だよん。
グッジョブ!グッジョブ!


夏の前日 1 (アフタヌーンKC)

夏の前日 1 (アフタヌーンKC)

  • 作者: 吉田 基已
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/02/05
  • メディア: コミック



肌艶が良すぎる。

新たな季節の風が吹いている。
小次郎に足りないのはアタマ。
武蔵に足りないのはカラダである。
目指せ。最強最速の剣。

んな事言ってる場合じゃねーよ。
月曜は発表なんだ。
俺が最近得た真理。
この1年で得た渾身の真理は

やる事やってからでないと

モノ言う権利もねーよ。

という事でござった。
しかし、この真理だけでは物事は進まぬのでござる。
あくまでこの真理は真理の片翼でござる。
あえてこの真理を名付けよう。「カラダの真理」と。
それでは、もう片翼の「ココロの真理」とは何か。
それは

色々やっても、ソレの

意味を考えねーと意味ねーよ。

でござる。
これら「カラダの真理」「ココロの真理」を
同時に動かす事により、魂は軌跡を描くのでござる。
しかし、羽ばたき方というのにも色々あるのでござる。
精神のコントロールの仕方が上手い人は
どちらの翼から動かしてもかまわぬのでござるが
初心者にとっては基本となる動かし方というモノが
あるのでござる。
それは「アタマより先にカラダを動かす」という事でござる。
そうした方が基本的に失敗した時に怪我が少なくて済むでござる。
いや、しかし不死鳥はもう齢23にものぼるので
初心者ではござらん。
右を出したら左。左を出したら右、と
淡々と日々をこなしていく事が最も寛容かもしれぬでござる。

・・・リディキュラス。馬鹿馬鹿しい。

昨日、実際に起こった事を記述するのでござる。
・・・何もしてない。
7時半にはもう家に帰っていた痕跡がある。
ドンベイを啜って、12時に就寝したのでござる。
漫画は1ページだけ描いたのでござる。表紙を。
あれれー。4時間半もあったのに1ページ?おかしいなー。
・・・チャットしながらだと時が経つのが早いのでござる。

学校でも特に何もしなかったなー。
美味い缶コーヒーを見つけたくらいか。
本当に不死鳥ってのは勉強が好きじゃないよな。

幸せになりてえ・・・。
やっぱ幸せになる第一の条件って
家の近くに古本屋がある事ですよね。
いや普通のでっかい本屋でも良い。

・・・ああ・・・そうさ。
飾り気の無い俺の魂の正直な欲求ってのは
そんなもんなのさ・・・。
あと病院も近くにあった方が良いな・・・。
都会ってのは便利だよな・・・。
やっぱ若い内は都会に住みたいな・・・。

つってもアマゾンがありゃ十分って説もあるな・・・。
・・・なんだ?
僕の欲求全般はこんな風に
時の経過だけによって
制御可能な濃度まで薄まり
僕は安らいで
その世界の終焉を迎える事になるのか?

これが人間のシステム・・・。
この世は夢。アトラクション。死ぬまでの暇潰し・・・。

ああ。もう一つ真理。
「あまり大きな視点でモノを考えない方が良い」。
雑になるから。
「人」の話じゃねーよ。「僕」の話だよ。
「人=僕」と思ってしまうのは
中二病ゲートだよ。

もう良いよ。
淡々と日々の仕事をこなしていこう。
結果を積み上げていこう。
結果の積み重ねが
即ち「僕」の正体だ。

つまり積み上げなければ何者でもない。
或いは、何者でもないからして、ゴミクズ扱いされても文句は言えない。

淡々と。淡々と。
僕は単純作業を楽しめるという長所を持っている。
今はまだそう信じている。

もう僕のカラダに僕は言ってあげても良い。
ココロよりカラダの方が大事だよ、と。

ココロの言う事ばかり聞いていて死んでしまう人もいるが、
カラダの言う事をつぶさに聴いていれば、逆に命を助けられるだろう。

本能は理性より上位。
或いは本能こそ最高の理性。

それは真理の全体ではないが一つの真理である。
僕はココロが大事だと諭され、真に受け、ココロを大事にしてきた。
「お前、生きてるか?」と問われ、生きようと努力した。
動物にできない創作に身を投じる事で
少しだけ生を実感した。僕は確かに生きている事が分かった。
僕を応援してくれる人も居た。
もうよく分かった。もう十分だ。

だから、ないがしろにしてきた
僕のカラダをもっと大事にしようと思う。
ココロとカラダは同時に動かすモノなのだ。
できればカラダが先に動く方が望ましい。

カラダとココロの乖離が起こり、
僕はこの真理に辿り着いた。
年齢を重ねればさらにこの思いは加速するだろう。
そして訪れる諦めの境地。
徐々に薄れ行く我執。
それが僕のシステムだ。

ところで僕はモノ作りには向いてないと思う。
すまない。今までと全く違う話なんだ。
もっとこのネットの海で建設的な情報集めてみっか。

もうすぐ1時だな・・・。
自重しよ。

また会いましょう。
アディオス。アミーゴ。アデュー。
posted by 緑鳥 at 12:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月18日

癒される歌ばかり聴いて疲れる

おはろー。
はろろ〜ん。
不死鳥です。
こにゃにゃちは。
超訳 ニーチェの言葉

超訳 ニーチェの言葉

  • 作者: 白取 春彦
  • 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 発売日: 2010/01/12
  • メディア: 単行本



卒業論文の発表の練習が終わった。
出席するのが遅れてしまった。
あれだ。俺もその内、働く事になるんだけど、
足りないわ。誠実さが。
あかん。
無気力の虜となってる。

最近の僕は無気力だ。無気力。
そして無力。
こんな俺を俺は愛せるのか。
愛している。
それじゃ駄目だ。
突き放せ。
愛でるべき価値の無い自分は愛でるんじゃない。
言ってやれよ。
「甘えるな」って。

甘えは許さねえぜ。

甘えるな。小僧。
甘えるな。

そういえばナナミさんのFAが二枚来て
俺超嬉しいの。
ナナミ単独もけっこう集まったな。
もう素直に最初の予定通り
ナナミさんの成長物語としての
絶クレに終始した方が良かったかな。
なんかその方が建設的だったような気もする。
色んな人が出てきたけど
どの人も中途半端になってる気もするな。
ミナセ君は家具みたいな扱いだし。
ただこれから「ミナセ修行編」というのが
ありましてですね。
ミナセ君にスポットが当たるのです。

正直、ナナミさんは処女じゃなくなって
皆からも認められて
不死鳥君より「ずっと先」に行ってしまった感が否めないです。
もう良い意味で安定しているんだ・・・
と思ってたけど
やっぱ人間ってそうじゃないですよね。
常に何かを考えて悩んでるのが人間でしょう。
いくら悩みがウェイトでも。

ただ自分のココロから離れる事はできるかな。
そう。「OFFになる」って事と「自分のココロから離れる」事って
似てるな。
似てると思うよ。テレーゼ。

大人になると自分のコントロールが上手くなって
「OFFになる」「自分のココロから離れている」時間が
多くなるんだね。
悲しむべき事ではなくて、ソレが普通だ。

自分から離れないと。外に外に。
外に向かって。
でもココロの持ち方だけでは
どうにもならない現実もあるね。うん。

ヌクレア・タイフーン!

僕は現実と戦う。
終わります。
posted by 緑鳥 at 14:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月16日

蒼天航路

8時半に起きた。
ネットした。
12時に歩いて図書館に行った。
カレー食った。
帰ってきたら3時半だった。
今は図書館で何も借りてない。
工学部・水柿助教授の解脱

工学部・水柿助教授の解脱

  • 作者: 森 博嗣
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2008/04
  • メディア: 単行本



これを読んでいた。
面白かった。
図書館までけっこう離れてるけど
考え事しながら歩いてたら
すぐ着くようになった。
卒業論文発表は来週の月曜日である。
今日は火曜日である。

助教授が言っていた
「お前は自分がスーパーマンであるかのように
 思っているのだろうが、本当は人の傷つく事を
 平気で言う奴だ」と。
どうも僕は人に「自分の事を客観的に見えていない人」
として見られているようである。

院試に赴いてみて「ちっぽけな自分」が認識できたりもした。
世に出るってって事はそういう風に大事なんだろう。
でも無理に外に出てメッタメタのグッチャグチャに
なれば良いという事でもないような気がする。

自分を客観的に見るという事は
自分が今何をしているかという事を知る
という事なような気がする。
行動の積み重ねが自分であって
何もしない人は客観的には只のロクデナシなのだろう。

ニーチェが「孤独は人を堕落させる」と言っていた。
本当にそうだと思う。
たいていの人は「見てくれる人」がいないと
ドンドン歯止め無く堕落していってしまうモノだ。
大学生活において「ぼっち」になると
「見てくれる人」がいなくて
堕落に歯止めがかからなくなり
究極的には退学してしまう人も出てしまうようだ。

僕は大学時代何もしてこなかった。
ブログと新都社の活動はやったけど
文章力も画力も漫画力も大した事が無い。
たとえ一人で居ても「勉強」していれば
胸を張って「僕はリア充だ」と言えたかもしれない。
今までは僕の中ではそうやって生きてきたつもりだった。

友達がいなくても「僕は勉強している」という事実が
大きなココロの支えとなった。
客観的な事実、経験というモノは無い。
根拠の無い自信は当たり前に脆い。

事実や経験の積み重ねが大事だ。
漫画創作活動でも練習量がきちんとしていれば
そこそこ胸を張っていられるかもしれない。

ダラダラとネットにのさばる事は
現実逃避だろう。
パッと共感を得てはすぐに霧散してしまう情報には
あまり価値が無い。単なる癒しだ。

てかブログも現実逃避だろ。

現実って難しいな・・・。
夢と理想を捨てるのは駄目だ。

高みを目指す事をやめる必要は無い・・・。

終わります。
posted by 緑鳥 at 17:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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